聞書 遊郭成駒屋
聞書 遊廓成駒屋―不思議な場所のフォークロアという本を読んだ。
これは著者である神崎宣武氏が名古屋・中村遊郭を訪れた時に、偶然往時の遊郭である「成駒屋」が解体される場面に出くわすところから始まる、ドキュメントだ。
かなり綿密な調査と、インフォーマントである「お秀さん」という女性(妓楼・新銀波の主人であった人物)の回想録が中心になっていて、往時の町の様子や遊郭の経営状態、娼妓たちの生活ぶりなどが、非常に分かりやすく書かれている。
「売春」という言葉は現実的な意味はさておいて、どこかロマンティックな響きがある。
「春を売る」と書く字面から受ける印象なのだろうが、非常に意味深な、あるいは一種牧歌的な言葉だと思う。
当たり前の話だが、日本において「売春」行為は固く禁じられている。これは「売春防止法」によるものだ。
だが、先にも書いたように、ある種の店に行き、然るべき対価を支払えば、同様のサービスを受けることが可能なのは周知の事実だ。
これは如何なる理由でそうなっているのか。疑問に思われた方は少なくないのではないだろうか。
答えは至極簡単で、あれば「風呂屋」だからだ。
特殊浴場といって、体を洗って貰えるようなサービスを行う「風呂屋」だから認められている。入浴中に男女間にある種の感情が芽生え、その後如何なる状態になっても、それは法律では取り締まることはできない。
ざっくり説明すれば、そういうことなのだ。
語弊のある言い方かも知れないが、この「売春防止法」はザル法である。
そもそも「防止法」であって、禁止ではないのだ。堂々と行うことは罷りならんが、官憲の目の届かない所でなら...というのが窺い知れる。
やはり日本人の性に対する道徳観は大らかであり、300年あまり「官許遊郭」が置かれた歴史は形を変えながらも綿々と続いているのだ。



